ケーキ箱の中には
その日は、誰の誕生日でもないのに、父がケーキを買ってきた。
「後でみんなで食べるんだから、開けるなよ!」
寒い玄関の靴箱の上にポンと置かれたケーキ箱。
当時小学生だった私と弟は迷いなく包装の紐を解いた。
ショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブランなど、様々なケーキが6個。
この場合我が家では、私と弟が2個ずつ、父と母が1個ずつと決まっている。
「1個だけ半分こして食べちゃおっか?」
「うん!」
2人で1個食べ、証拠が残らないよう元通りにケーキ箱を包装した。
数時間後、みんなで食べる頃になりリビングに行くと、父の姿がなかった。
母は風呂に入っていたので、こっそり玄関にケーキ箱を見に行った。
ない。
ケーキ箱がない。
食べたことがバレて、怒った父が何処かに持って行ってしまったのかもしれない。
ガチャ。
玄関のドアが開いた。
父が帰ってきたようだ。
「箱開けたら1個足りなくてさぁ、店に文句言ってきてやったよ」
これはまずい。
バレたら殴られる。
「へー、それはひどいね!」
弟とユニゾンで言った。
弟と血の繋がりを感じた数少ない機会だった。
そんな出来事も忘れた約10年後、私はそのケーキ屋で働くことになった。
特にやりたいこともなく、なんとなくパティシエに憧れて、軽い気持ちで面接を受けたら受かってしまったのだ。
初出勤の研修で、注文の受け方、ショーケースからケーキの取り方、箱の包装の仕方などを習った。
「ケーキを箱に入れたら、包装する前にお客様に中をお見せして確認していただきます」
ベテランのおばさんの説明に、他の新人が訊く。
「どうしてですか?」
「それはですね、以前は確認していなかったのですが、
昔、『箱を開けたら1個足りなかった』というクレームがあってから徹底するようになって…」
…まさか、ね…。