居酒屋で再会
Netflix野武士のグルメお題「ひとり飯」
仕事が終わり、このまま家に帰って1人で飯ってのも嫌だなぁと、帰り道にある居酒屋に入った。
1番奥のカウンターに案内され、立川パスポートに記載されている鶏煮込みそばとビールを注文した。
先に来たビールを飲みながらスマホでまとめサイトを見ていると、次第に客が増えてきた。
割と1人の客も多く、スーツ姿のむさい奴らで半分近くカウンター席が埋まった。
私の隣を1つ空けて、ショートカットの女が座ったことには気づいていた。
顔を向けて見た訳ではないが、なんとなく同年代の雰囲気があった。
ようやく来た鶏煮込みそばは、石焼ビビンバの器に盛られていた。
冷めないようにとの配慮なのだろうけど、いくらなんでも熱すぎる。
湯気で曇るメガネを脇に置き、麺を啜ってはビールを飲んでを繰り返していた。
「あれ?」
女の声。
私の向きに発信しているように聞こえた。
「西山さん、ですか?」
呼ばれて驚き振り向くと、見覚えのある顔があった。
あ、確か高校の時の…でも誰だっけ?
「◯◯だよ! 分かる?」
名前を言われて思い出した。
当時、よく会話をしていた同級生だ。
「おお! やっぱり◯◯さんかー、そんな気がしてたよ!」
「なら声掛けてよー、西山くんメガネ掛けてたから、似てるなと思ってたけど話し掛けられなかったんだよ」
私がメガネを掛け始めたのはここ5年くらい。
それにしても、こんなに地味な私によく気づいたものだ。
現在彼女は飲食関係の仕事をしていて、昨年結婚したらしい。
まずは簡単にそんな近況を語り合い、一段落して高校当時の話になった。
「一緒にサボって公園に行ったの憶えてる?
2人とも遅刻して、偶然学校近くのコンビニで会って、そのまま一緒にサボったの」
懐かしい。
今日彼女に会わなかったら、一生思い出されることもなかったような出来事。
その日、私はただの寝坊だったが、彼女には理由があった。
前日の夜、彼氏と大喧嘩をして眠れなかったのだ。
公園の中の小高い丘のベンチで愚痴を聞いてたっけ。
ノスタルジックな気持ちが手伝ってか、ビールがよりウマくなってきた。
お互い1杯で帰るつもりだったが、酒もつまみも追加した。
彼女は私の隣の席に移動した。
久しぶりの再会に話は尽きず、気付けば3時間ほど経っていた。
「そろそろ帰る?」
「うーん、ちょっと飲み足りないね」
とんでもなく強い。
一緒に飲むのは初めてだから知らなかった。
「また今度にしようよ、LINE交換したんだし地元なんだからいつでもいいでしょ、俺昨日寝てないんだ」
「やだ!」
キリッとした顔の彼女のそれ、ちょっとだけカワイイ。
こいつが未婚なら一発くらい…なんて思ってしまった。
「カラオケ1時間だけ行こ! 旦那の愚痴聞いて!」
あの頃、公園のベンチでペットボトルのお茶を片手に聞いていた彼氏の愚痴が、
今では、酒の席にビール片手に聞く旦那の愚痴になった。
大人になっても、けっこう楽しいものだ。
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春一番の約束
お題「よく口ずさんでいる曲」
暦の上ではとっくに春。
なるほど、ここのところ暖かくなってきて、昼間はコートなしでも外を歩ける。
街のスピーカーから桜をテーマにした曲が流れてきたりして、暦の上だけでなく、体感できる時期になってきた。
小学生の頃、『ボキャブラ天国』が大好きだった。
特に初期の、素人がハガキを投稿していた頃が好きだった。
家族揃って食卓を囲んで、20インチほどのテレビに目を奪われていた。
ある日の放送終了後、
「よし、浮かんだぞ!」
父の自信に満ちた表情。
投稿するネタを思いついたらしい。
「もうすぐハ~ゲですねぇ~」
父が満を持して発表したのは、キャンディーズの『春一番』の替え歌。
今思うと、とんでもないスベりっぷりである。
しかしながら、当時はこれが面白くてたまらなかった。
幼く、箸が転んでもおかしい年頃のことだから許してほしい。
母がハガキを書き、家族で意気揚々と投稿したが、当然採用されることはなかった。
それでもこの替え歌を気に入ってしまった私と弟は、しばしば家で口ずさんでいた。
「もうすぐハ~ゲですねぇ~」
「ハゲ」というワードとキャッチーなメロディ。
幼い私たちの脳に刺青のように跡をつけた。
「お前ら、それおじさんの前では歌うなよ」
おじさんというのは、伯母の旦那のこと。
これがまぁハゲ散らかしているのだ。
幼いとはいえ察することはできたので、父の注意にただ頷いた。
「もうすぐ」というより、「すでに」だけどね。
数日後、伯母とおじさんが、従妹を連れてウチに遊びに来た。
オチがバレている気がするが続ける。
当時3歳の従妹がとても可愛くて、弟と3人でボールを投げたりゲームをしたりして遊んでいると、
テンションが上がった弟がやらかしてしまう。
「もうすぐハ~ゲですねぇ~」
時が止まった気がした。
自分のミスに気づいた弟は混乱した。
「あ、あの…ごめんなさい!」
さらに重ねてやりやがった。
謝ってしまったら、もうそれはそれのことになってしまう。
「えっ! ごめんなさいって何?」
空気を読んで、おどけてみせるおじさん。
父と母は腹を抱えて笑っていやがった。
おじさんと伯母は離婚して、おじさんには会えなくなったけど、
楽しい思い出をありがとう。
春になる度、あなたの頭皮を思い出すよ。
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